やぎ氏、陸上自衛隊を応援する。

雑記

ノスケさん、鼻水でてるなぁ。

風邪かなぁ

さて、前回のブログで、やぎ氏が涙もろい男で良く泣く。という話をしました。

そこで、ついでにやぎ氏が号泣したエピソードを1つ紹介します。

タイトルにもある通り、陸上自衛官の方たちとの話です。

今から10年近く前、出張で広島に行っていたときのことです。仕事も終わり、広島の職場のメンバー7人くらいで親睦会を開きました。

まぁ、なんやかんや理由を付けた、ただの宴会です。まだコロナウイルス以前の話で毎日の様に宴会がありました。懐かしい。

私たちが呑み始めたくらいに、その宴会会場である居酒屋に屈強な男10人くらいが来店しました。

皆、まるでレスラーかラガーマンのような身体つきで、肌は浅黒く日焼けしていました。

そのグループもどうやら、職場の宴会のようで陽気に楽しんでいました。

そこで、やぎ氏グループの陽キャの1人が、そのマッスル軍団に話しかけ意気投合し、私たちは一緒に酒を酌み交わすこととなったのです。

そこで彼らが陸上自衛隊の方たちだということがわかりました。

やぎ氏は陰キャですが、身内や知り合いに1人も陸上自衛官がいないため彼らの話は新鮮で興味津々でした。

勿論、陸上自衛隊にもメガネでガリガリの人もいるのは当たり前でしょうが、彼らは皆がムキムキのマッスルボディーでユーモア溢れる3.40代の気の良いオッチャン達でした。

やぎ氏の仲間が彼らに問いました。

『1番辛かったことはなんですか?』

やぎ氏は、アメリカ映画に出てくる鬼軍曹的な人にしごかれた、現代日本の常識とは懸け離れた訓練のエピソードが出てくるのではないかと思っていたのですが、

上着を脱いでタンクトップ一枚の姿で筋肉アピールしながら歌っていた陽気な男が話してくれました。

1番辛かったのは、

『東日本大震災』であったと。

彼が所属した部隊は老人ホームが近くにある場所を担当したそうで、多くの老人の御遺体を収容したとのことだ。

これだけでも、やぎ氏グループには衝撃的な話であったが、彼は続けた。

その付近には多くの、恐らくお孫さんが描いたであろう、メッセージ付きの似顔絵、手作りのオモチャ、手紙が散乱していたそうだ。

レスラーやラガーマンと見間違うような、屈強な男達が、宴会ですぐに服を脱いで歌うような陽気な男達が、みんな涙を流しながら、泥に塗れた似顔絵や手紙を回収したそうだ。

この時点でやぎ氏はすでに号泣していた。

おじいちゃん、おばあちゃん子だったのもある。

この後、一期一会の出会いに感謝して、握手して彼らと別れた。

そして今、やぎ氏は彼らと同じくらいの年齢になったが彼らのような壮絶な体験はしていない。

最近、国会でのやり取りで立憲民主党の議員が『裕福な家庭の子は自衛隊なんかにならない』という趣旨の発言をしてバッシングを受けている。

ネットでは本当のことなんだからと、その議員を擁護する人もいれば、自衛隊に感謝している、その職業差別は許せない!と言った当事者不在のバトルが繰り広げられている。

やぎ氏としては、ニュースではその失言だけが切り取られているため、その議員がいったい何を伝えたかったのかは不明だし、調べるほど興味もない。ネットの海で喧嘩してるくらいなら、そのエネルギーは仕事と家庭と勉強と遊びにでも使った方が良いと思う。

なぜなら、たぶん、あの陸上自衛官たちは、なんとも思ってないと思う。今日もいつものように通常の業務や訓練をこなし、夜には家族や仲間と笑っているだろう。

ただ、あの宴会の夜から、

やぎ氏は陸上自衛隊を応援しています。

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