二宮尊徳さんの農政とはどんなものだったのか知りたくて、図書館で報徳記借りて読みました。
そもそも、二宮尊徳(金次郎)さんって学校の銅像にもあるように親孝行と勤勉のイメージしかありませんでした。
あとは、学校の怪談って映画に動く銅像としてオバケ扱いで出てくるくらい。
やぎ氏(30代)より、もっと若い人は銅像のイメージすら無いかもしれませんね。
簡単に説明すると、二宮尊徳さんは若い頃に苦労して、田畑を耕しながら善行を積んだことが藩主の耳に入り、農民ながら役人として登用されて、多くの村を救い、最終的には幕臣に取り立てられた人です。
なお、弟子たちが、二宮尊徳さんの行いや仕事の進め方などをまとめた『報徳記』は明治天皇がご覧になったこともあり、勅命により府県知人以上の政府高官に読むことを勧められた。という強力なエピソードもあります。
令和の日本政府の高官たちは読んでるかな🤔
さて数々の農村を救った二宮尊徳さんの方法は『報徳仕法』というもので、3本の柱で成り立っています。
①分度を立てる。
②勤労(苦)する。
③余ったものを推譲する。
①の分度を立てるということは、分(収入)に応じた生活設計を立てる。ということで、財政の基本論理です。そしてその対象が個人ではなく、藩であれば数年間の収入の平均を取り、限界ラインを導き出す。これを「分限」として、支出をそれ以下に抑える。という方法。当たり前のような話ではあるが、本当に実践することができれば飢えることはなくなる。
②の勤労するというのは文字通り働くということだが、二宮尊徳さんは時折「勤苦」という言葉を使ったそうだ。「勤め、苦労する」かもしくは「苦しみの多い仕事でも積極的に挑戦する」という意味かもしれない。
③の推譲するというのは、「自分の努力によって得たものが、分度を越えるものであれば、それをまず自分に差し出し、家族に差し出し、他人に差し出し、地域に差し出し、国に差し出す。」ということ。
これはまさに、ケチと倹約の差であり、ケチは余らせたものを自分のためににしか使わず、倹約というのは自分を含めたみんなのために使う。
以下、やぎ氏が感銘を受けたところを紹介します。
◯4か条の美徳
『至誠を本とし、勤労を主とし、分度を体とし、推譲を用とする』
◯積小為大
二宮尊徳さんの教えに「小を積んで大と為す」というものがあり、要するに「チリも積もれば山となる」ということ。
「大事を成し遂げようと思うも者は、まず小事を努めるがよい。大事をしようとして、小事を怠り『できない、できない』と嘆きながら、行いやすいことを努めないのは小人の常である。およそ小を積めば大となるものだ、小事を努めて怠らなければ、大事は必ず成し遂げられる。」
◯推譲の道
二宮尊徳はんは晩年になると「推譲」という言葉を強調するようになります。「推譲」とは、他人や公のために譲ることです。一生懸命に働き、多くの富をつくり、それを社会に還元して人を救う。二宮尊徳さんはこれについて繰り返し語っています。
「人道というのは、天道(自然の道)と違っていて、譲道から成り立っている。譲というのは、今年の物を来年に譲り、親が子のために譲ることから成立する道であり、天道には譲道はない。鳥獣は間違っても譲る心が起きることはない。ここが人間と動物の違うところだ。」
「人間でも譲道というものを知らないで、人道を尽くさない者は、安楽の生涯がおくれないで鳥獣と同じ境遇となる。だから人間たる者は、智力が劣っても、力は弱くとも、他人に譲るという譲道を実践するならば、必ず成果があがり、豊かな人生を迎えることができるようになる。その上に恩に報いるという心掛けが必要になる。」
やぎ氏は最近、アダム・グラント著の『Give and Take 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房)という欧米でベストセラーとなった本を読み、似たようなことが書いてあったと記憶しています。
「後輩に仕事を教える」「寄附する」「ボランティアに参加する」これは自分の時間や財産を失っているように見えるが、いずれ必ず自分に返ってくる。的な。
近年、日本では主としてアメリカの啓発本が流行しているが、最近ベストセラーになった本と似たようなことを日本では200年も前から言っている人がいるのだから、日本人はもっと二宮尊徳さんを知るべきではないかと思う。
完


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