図書館で借りて読了
帰省する行きと帰りの交通機関で読んでました。
これは良書です。本棚に置いておきたい。ウチ、本棚ないけど。
本書はミニマリストである、佐々木典士氏が「ミニマリスト」という生き方をオススメする内容でした。
そもそも、やぎ氏の中でミニマリスト・ミニマリズムというものは数年前に流行り、部屋の中に何も無い人。ぐらいの認識しかありませんでした。
やぎ氏の部屋(実家)は小説やマンガ、レトロゲームで溢れています。ミニマリストにはなれないだろうし、学ぶ意味もないと思っていました。
ただ今回この本を手に取ったのは、例によってInstagramで「読んでおくべき本」みたいな本として紹介されていたからです。
さらに毎度のことですが、勉強になった文章や印象に残ったところを抜粋します↓
①「タダという理由でもらわない。モノは持っているだけで、どうしても意識してしまうので、それだけで自分のメモリを使う。」
やぎ氏は何かの本で「人間が1日に決断する回数は決まっている」とかなんとか見たことがある。なので、経営者は服を多く持たず朝のムダな思考を減らしている。そうだ。
ミニマリストはそれを家全体でやってる訳だ。ムダな思考や選択を減らし、受けるストレスを軽減し、前向きに生きている。
例えば、やぎ氏の職場で共用スペースにチョイ残しのコーヒー缶が置いてあることがたまにある。このコーヒー缶1つで。
「誰のだよ。」「チョイ残しすんなよ。」「でも、ワーワー騒いで上司のかもしれないしな。」「砂糖、摂取しすぎだろ。」「身体に悪そうだな。」と無駄に思考している自分がいる。
そのため上記の文章に非常に考えさせられた。職場では無理かもしれないけど、自分の家ならできる!と。
②「人間は慣れて→飽きる」
いくら高いモノを手に入れても、価格に対して喜びが比例するわけではない。5万円の指輪をもらったとして、1万円の指輪をもらったときの5倍笑顔になるわけではない。そして、 5万円の指輪にもいずれ、慣れて飽きる。10万の指輪の刺激が必要になる。
③「モノが少ない対決」をしない。
ミニマリストが陥りがちなのは、ついつい「モノが少ない自慢」にハマってしまうことだそうだ。
著者は「あえて言うなら、たくさんのモノに囲まれていたとしても、本当に必要なモノが多かっただけで、モノをもつことで毎日の活力を感じられているなら、モノを減らす必要がない」「ミニマリズムは苦行ではない。」と論じている。
さらに、「ミニマリズムは手段であり、モノを減らすことが目的ではない」としている。
本当に大事なものために、モノを減らしているのであって、ただモノを減らせばいいわけではない。ミニマリズムに条件はなく、車を持ってようが、本棚があろうが本人が本当に大事なものであれば良いのである。
やぎ氏はこの辺の文章で、ミニマリストに好感を持ったというより、著者の佐々木典士氏に好感を持った。
昨今、ヴィーガンだの、自称・環境保護団体だの、沖縄の共産主義者だの。自分の思考以外は認めない排他的な考えや、押しつけが多すぎてうんざりしていたところに佐々木氏のミニマリズムが浸透してきた感覚だ。
③「情報のミニマリズム」
人は5万年前からハードウェアが進化していない。そこに異様なまでに増えたモノも情報に過剰に詰め込めば、アイコンがぐるぐるしているパソコン同様にフリーズしてしまう。現代人は江戸時代の人間が1年で得られる情報を1日で得られるそうだ。
もはや増えすぎた情報をいかにたくさん得るかではなく、いかに距離を置くか、いかにムダな情報を減らすかということの方が今は切実な問題だ。
④「未来と過去は実際には存在せず、永遠の「今」があり、経験できるのは「今」だけ。」
最後に、本書にはミニマリストとして知られる、スティーブ・ジョブズ氏のエピソードがそこそこ出てくる。
スティーブ・ジョブズ氏が瞑想を大事にしているというのはよく聞く話で、やぎ氏も常日頃から「瞑想してみたい!」と言って瞑想したためしがない。隣が鎌倉市なのに!!
「もっとノスケが大きくなったら。」
「仕事が落ち着いたら。」
もう、ノスケや仕事を言い訳にするのは止めよう。
毎日、鎌倉で座禅会やってるのだから。
完

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